【第8話】タイ編/4日目①/チェンマイ・トレッキング2日目

トレッキング2日目、最悪の朝。

最悪だった。

目が覚めた瞬間、
体じゅうが、かゆい。

腕も、足も、背中も。
蚊に、刺されまくっている。

たぶん昨日の夕方には、
もうかなり刺されていたんだと思う。
ただ、そのときは気づかなかっただけだ。

リュックをひっくり返す。

最強のかゆみ止め、キンカン。

……ない。

昨日どこかで落としたらしい。
ないとわかった瞬間、
かゆみは、さらに強くなる。


正直に言うと、

こういう
「どうしようもない朝」の感覚は、
今でもたまに思い出す。

準備してきたはずなのに、
うまくいかない。

あの時、僕は初めて
“どうにもならない状況の中で、一日を始める”
という経験をしたのかもしれない。


第2の試練

気を取り直して、一人で一服。

霧のかかった山の朝は、
静かで、冷たくて、
少しだけ気持ちを落ち着かせてくれた。

深呼吸をして、気合いを入れる。

なぜなら――
山奥の村での“お手洗い”が待っているからだ。

タイ式トイレという試練

もちろん水洗ではない。

そして聞いた話では、
本来は手で拭くらしい。

……さすがに無理だった。

紙を使って、ぎこちなく、なんとか完了。

日本で当たり前だったことが、
当たり前じゃない。

旅に出ると、
自分がどれだけ“守られていたか”を知る。


そして、やらかす。第3の試練?

そのあと、井戸水で髪を洗った。

冷たい水が気持ちいい。

その瞬間――

やらかした。

デジカメのメモリーカードを、
水没させてしまったのだ。

ティッシュで拭く。
乾かす。
祈る。

……ダメだった。

ここまでの旅の写真。
全部、消えた。


この時は、まだ知らない。

このあと
「写真がなくても、一生忘れられない日」
が来ることを。


朝から、かなり落ち込んだ。あの時はまだ、

けれど、ここはタイランド。

「マイペンライ」
――気にするな。大丈夫。

そう言い聞かせる。

写真がないなら、
目で見よう。
心で覚えよう。

この切り替えが、
あとから振り返ると
すごく大事だった気がする。


村を歩く

出発まで、少し時間があった。

一人で村を歩く。

織物をしている母親。
その横で、枝をハサミで切って遊ぶ子供。

英語は通じない。

だから、身振り手振り。

それでも、笑顔は返ってくる。

写真を撮らせてもらった。

ただそれだけなのに、
心が少し明るくなった。

言葉がなくても、
通じる瞬間は、確かにある。

写真は消えたけれど、
この空気は、消えなかった。


わからないまま進む

小屋に戻ると、
みんな出発準備をしていた。

何時に出て、
何時に食べるのか。

正直、よくわからない。

英語の発音が良すぎて、
聞き取れない。

海外でいちばん不安なのは、
危険よりも
「わからないまま進むこと」なのかもしれない。

それでも、歩き出す。

かゆみも、
写真の消失も、
不安も抱えたまま。

この先に、
何が待っているのかも知らずに。


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