悪意はありませんでした。それが問題でした
僕は以前、注文住宅のプランナー兼営業をしていました。
モデルハウスに立って、間取りを描いて、土地を探して、住宅ローンの申込みまでお手伝いする仕事です。いまはもう家を売っていません。
この記事では、当時の僕が実際に使っていた言葉を、2つ書きます。
先に、いちばん大事なことを書いておきます。
僕に悪意はありませんでした。
お客様をだましてやろうと思って言ったことは、一度もありません。むしろ、いい家を建ててもらいたいと本気で思っていました。
そして、たぶん今も同じことを言っている営業の方の多くは、自分でもその言葉を信じています。
だから危ないんです。
嘘なら見抜けます。でも、言っている本人が信じている言葉は、とても自然に聞こえます。
言葉①「これから収入も上がっていくでしょうから」
打ち合わせで予算の話になったとき、僕はよくこう言っていました。
「いまは少し大きく見えるかもしれませんが、これから収入も上がっていくでしょうから」
言われたほうは、少しほっとします。実際、そうなる可能性はあります。
でも、これは根拠のない言葉です。
僕は、そのお客様の会社の昇給制度を知りません。業界の先行きも知りません。転職するかもしれないことも、体を壊すかもしれないことも、独立するかもしれないことも、知りません。
知らないまま、30年分の前提として話していました。
そしてこの言葉には、もうひとつ問題があります。
収入が上がるかどうかは、返済が終わるまでわからない。でも、契約は今日します。
不確実なことを根拠にして、確実なことを決めている。改めて書くと、けっこう乱暴な話です。
買う側として、どう聞き返すか
聞き返すのは簡単です。
「もし収入が上がらなかったら、この計画は成立しますか」
これだけです。
営業の方が誠実なら、ここで正直に答えてくれます。「厳しいですね」と言ってくれる方もいます。そういう方は信頼できます。
そして、答えがどうであれ、この質問をした時点で、あなたは前提を確認したことになります。それだけで十分です。
言葉②「いまの家賃と、そんなに変わりませんよ」
こちらのほうが、よく使っていました。そして、こちらのほうが危ないと思っています。
「いまの家賃が◯万円ですよね。返済は◯万円ですから、ちょっと増えるくらいですね」
とてもわかりやすい比較です。お客様も納得しやすい。僕も、これで話がスムーズに進むのを何度も見ました。
でも、この比較は成立していません。
比べているのは「家賃」と「毎月の返済額」ですが、持ち家は、返済以外にお金がかかり続けるからです。
- 固定資産税・都市計画税。毎年です
- 火災保険・地震保険。賃貸のときより高くなるのが普通です
- 修繕費。外壁、屋根、給湯器、水回り。新築でも、いつかは必ず来ます
- 光熱費。アパートから戸建てに移ると、上がることが多いです
- 賃貸のときの更新料や駐車場代がなくなる分は下がりますが、上がる項目のほうが多いのが普通です
つまり、正しい比較はこうなります。
いまの家賃 + いまの貯蓄ペース
↕
毎月の返済 + 税金 + 保険 + 修繕の積立 + 光熱費の増加分
返済額だけを家賃と並べると、右側がまるごと抜け落ちます。
僕も、説明しきれていませんでした
正直に書きます。
固定資産税の話も、修繕の話も、聞かれれば答えていました。嘘は言っていません。
でも、こちらから積極的に、返済額に足して見せることはしませんでした。
足したら、数字が大きくなるからです。
説明していないわけではない。でも、いちばん見やすい形では出していない。あのやり方は、いま思うと、あまり誠実ではなかったと思います。
買う側として、どう聞き返すか
「返済以外に、毎月ならすといくらかかりますか」
固定資産税、保険、修繕の積立を月割りにして、返済額に足してもらう。その合計が、あなたの本当の住居費です。
営業の方が答えられない場合もあります。修繕費は物件によって違いますし、税額は評価が出てからでないと確定しません。
それでも、聞く価値はあります。概算でも出してくれる方は、その後の相談も信用できます。
この2つの言葉に、共通しているもの
並べてみると、はっきりします。
| 言葉 | やっていること |
|---|---|
| これから収入も上がりますから | 入ってくるお金を、多めに見積もらせる |
| 家賃とそんなに変わりませんよ | 出ていくお金を、少なく見せる |
両側から、同じ方向に寄せているわけです。
そして繰り返しますが、これは営業が悪だくみをしているのではありません。
前の記事に書いたとおり、工務店やハウスメーカーは建物から利益を得ています。予算が足りないときに何が起きるかは、仕組みで決まっています。
その仕組みの中にいると、この2つの言葉は、とても自然に出てきます。僕がそうでした。
営業の方を、敵にしないでください
ここまで読んで、「営業は信用できない」と思われたなら、それは僕の書き方が悪かったのだと思います。
いい営業の方は、たくさんいます。
僕がこの仕事で出会った人たちは、多くが真面目でした。お客様の家を良くしたいと本気で思っていました。僕自身も、最後まで最高のものを作ろうという気持ちでやっていました。
そして、家づくりは、営業の方と組まないと進みません。疑いながら進める買い物ではないんです。
だから、この記事に書いた2つの質問は、営業を試すためのものではありません。
あなた自身が、前提を確認するためのものです。
質問して、誠実に答えてくれる方だったら、その人と組めばいい。むしろ、この2つに正直に答えてくれる営業の方は、かなり信頼できると思います。
最後に
僕はもう家を売っていません。だから、こうして書けます。
売っている間は、書けませんでした。書けば、自分の仕事を否定することになるからです。
それでも、あの頃の自分に一つだけ言えるなら、こう言うと思います。
「その言葉、自分が言われる側だったら、信じる?」
たぶん、信じなかったと思います。
家は、人生でいちばん高い買い物です。そこで交わされる言葉は、もう少し確かなものであってほしい。売る側にいた人間として、そう思っています。
前の記事で、払える額の出し方を書きました。この記事の2つの質問は、その額を守るための質問でもあります。

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