家を売っていた人間が、中古の家に住んでいます
僕はいま、中古の一軒家に住んでいます。
新築ではありません。前に住んでいた方がいて、その方が暮らした跡がある家です。
でも僕は、二級建築士です。20代のほとんどを建築業界で過ごしました。設計事務所で図面を引き、住宅の建築確認申請を書き、そのあとは注文住宅のプランナー兼営業として、モデルハウスに立っていました。
つまり、家を売る側にいた人間です。
その僕が、自分の家は中古を選びました。
この記事は、その理由の話です。誰かに新築をやめさせたいわけでも、中古をすすめたいわけでもありません。ただ、売る側にいた人間が何を見ていて、なぜ売ることをやめて、自分は何を選んだのか。それを正直に書いておきたいと思いました。
同じことで迷っている方の、判断材料のひとつになれば嬉しいです。
モデルハウスに立っていた頃のこと
僕が担当していたのは、木造の注文住宅でした。価格帯としては、高級志向のほうです。
仕事はプランナー兼営業。お客様の希望を聞いて間取りを描き、そのまま契約までを担当します。土地をお持ちでない方には土地探しを手伝い、住宅ローンの申込みまでお手伝いしていました。
つまり、お客様が家を買うときの、ほぼ全部の場面に立ち会っていたことになります。
当時の僕は20代で、まだまだ世間知らずでした。
その僕が、家庭を持って新築を検討される方の、人生の夢に関わらせていただいていた。いま思えば、教えていただくことのほうがずっと多かったと思います。
幸せな夢を叶えようとしている方々と出会って、その夢が形になっていく過程に、真剣に並走させていただく。これは、本当に楽しい仕事でした。
モデルハウスで、小さなお子さんが楽しそうに走り回っている。その姿を見ながら、ご両親と間取りの話をする。
そこから数ヶ月、場合によっては数年かけて、家が形になっていきます。その間に、お子さんも大きくなっていくんです。
引き渡しの日に、最初にモデルハウスで会ったときより背が伸びたお子さんが、新しい家に入っていく。あれは、感慨深いものがありました。
そのうちに、売る側より買う側になりたくなった
ただ、だからこそだったのかもしれません。
家を売る側より、買える側になりたい。
そういう気持ちが、だんだん強くなっていきました。目の前のお客様への、憧れのようなものだったと思います。
そして憧れると、自分に置き換えて考えるようになります。
自分だったら、この支払い計画で、この土地で、新築を建てて本当にいいんだろうか。
そこから先が、うまく進みませんでした。
竣工後も顔を出させていただいていた方がいたのですが、そのうち、なんとなく訪問しづらくなっていきました。自分がおすすめしたものに、自信が持てなくなっていたからだと思います。
同じ頃から、街の中で目に入るものが変わりました。
築10年以内の、まだ新しい家が売りに出されている。
自社で建てた家ではありません。でも、売る側の内側にいると、なぜ売りに出ているのかが、なんとなく想像できてしまうようになる。
想像が当たっているかどうかは、わかりません。でも、目に入るたびに考えるようになりました。
それでも僕は、一人の建築士として、お客様が望むものづくりに関わる人間として、最高のものを作ろうというモチベーションで、なんとかやっていました。
その気持ちに嘘はありません。
それでも、だんだん言えなくなっていきました
続けていくうちに、少しずつ言葉が出なくなっていきました。理由は3つあります。
1. 土地が、どうしても二の次になる
これは、営業個人の問題ではありません。構造の話です。
工務店やハウスメーカーは、建物から利益を得ています。土地の仲介で得られるものは、建物に比べればはるかに小さい。
そうすると、限られた予算の中で「夢を叶える」となったとき、どこを削るかは自然に決まってきます。建物にお金を寄せて、土地はなるべく安いところを探す。
悪意があってそうなるのではありません。仕組みがそうなっているだけです。だから多くの営業は、悪気なく土地を後回しにします。僕もそうでした。
でも、僕自身の感覚は違いました。
交通の便や治安は、建物そのものより大事かもしれない。
建築士がこんなことを言うと、変に聞こえるかもしれません。それでも、僕はそう思っています。
理由は単純で、建物は直せるけれど、土地は直せないからです。
間取りは変えられます。設備も入れ替えられます。外壁も張り替えられます。でも、駅までの距離は変わりません。夜道の雰囲気も、周りの環境も、あとから直すことはできません。
「安く手に入る土地」には、たいてい理由があります。その理由を、契約の前に自分の目で確かめておく価値はあると思います。
2. オプションと、吹き抜けのこと
打ち合わせが進むと、オプションの話になります。
テラスデッキ、ベランダ、造り付けの家具。どれも利益率が高い部分です。そしてどれも、図面の上ではとても素敵に見えます。
ただ、住んだあとの家を見に行くと、使われていないことが少なくありませんでした。
テラスデッキに出る回数は、思っているより少ない。造り付けの家具は、暮らしが変わると合わなくなる。ベランダは、洗濯物の干し場所が屋内に移ると使わなくなる。
もしその予算があるなら、僕は床面積を広げるほうをすすめます。部屋が広いことは、10年後も20年後も効き続けます。使わなくなることがありません。
それから、これはもっと言いにくかったことですが。
吹き抜けと、そこに面したスケルトン階段や、隙間の広い手すり。
写真映えします。実際に美しい。だから僕も「素敵ですね」と言っていました。
でも、小さなお子さんや、年を取った方にとっては危ないこともあります。
実際、住み始めてから吹き抜けにネットを張った方がいました。素敵だと言って売った側の人間としては、その話を聞いたとき、こたえました。
いま僕は、ご高齢の方の住まいの相談を受ける仕事をしています。転倒が人生をどう変えてしまうかを、あの頃よりずっと具体的に知りました。
誤解のないように書いておくと、吹き抜けが悪いのではありません。美しさと安全は両立できます。手すりの形も、階段の位置も、設計の段階なら選べます。住んでから直すのは、ずっと大変です。
だから本当は、売るときにその話をすべきでした。
3. ペアローンのこと
これが、いちばん重かった話です。
住宅ローンには、「審査に通る額」と「無理なく払える額」があります。この2つは同じではありません。むしろ、けっこう違います。
そして、通る額のほうを増やす方法があります。そのひとつが、ご夫婦それぞれがローンを組む、ペアローンです。
世帯の収入を合わせて見るので、借りられる金額が増えます。だから、予算が足りないときの解決策として使われることがあります。僕も、すすめていました。
でも、これはリスクの取り方が変わる選択でもあります。
- どちらかが働けなくなったとき、返済の前提が崩れます
- どちらかが育休や時短に入っても、返済額は変わりません
- 万が一離婚することになると、手続きはかなり複雑になります
それでも審査は通ります。借入額は増えます。
僕はその手続きを、何度もお手伝いしました。お客様が納得して決められたことです。僕が無理に組ませたわけでもありません。
それでも、書類を揃えながら、この方の30年後を、僕は何も知らないのにと思っていました。
そして、正直に書きます。
僕自身なら、ペアローンは組みません。
理由は、総額で得か損かではありません。払えなくなる可能性を、自分はゼロに近づけておきたいからです。
自分がやらない選択を、人にすすめる。それを続けることが、だんだん、辛くなりました。
業界を離れました
20代の終わりに、僕は建築業界を離れました。
きっかけは、ここに書いたことだけではありません。
大きかったのは、東日本大震災です。悩みながら一人でいたモデルハウスが大きく揺れて、そのあとに見たニュースの映像で、僕の中の何かが変わりました。
そこから、偶然としか言いようのない出来事が重なって、いまに至ります。
そのあたりの経緯は、また別の記事に書きます。
いまは医療と福祉の仕事をしていて、そちらのほうが長くなりました。ご高齢の方の住まいや、施設への入居のご相談を受ける仕事です。
そこで、建築にいた頃には見えていなかったものを見ることになりました。
家は、建てて終わりではありません。人はその家で年を取ります。膝が痛くなり、階段が上れなくなり、お風呂が怖くなります。
新築のときには誰も話題にしなかったことが、20年後、30年後に効いてきます。吹き抜けの手すりの話も、そのひとつです。
この話も、別の記事にまとめます。
自分の番になって、僕が選んだこと
やがて僕自身が、家を買う側になりました。
あれだけ「買える側になりたい」と思っていた、その側に立ったわけです。さんざん人に家を売っていた人間が、自分の番になった。恥ずかしい話ですが、けっこう悩みました。
結果として、僕は中古の一軒家を選びました。しかも、旗竿地と呼ばれる、道路から細い通路で奥に入る形の土地です。
条件だけ並べれば、人にすすめにくい物件かもしれません。それでも選びました。
中古にした理由は、予算の中に収まるからです
理由は、突き詰めるとひとつでした。
予算の中に収まるから。つまり、あとから苦しくなるリスクを減らせるからです。
知らなければ、その時が来るまで気づかないのだと思います。毎月の返済は問題なく回っていて、家は素敵で、何も困っていない。何かが起きるまでは。
でも僕は、知ってしまっていました。
上限に近い金額で組む方の書類を、何度も作ってきました。枠を広げる方法があることも、それを自分がすすめていたことも知っています。築10年たたずに売りに出る家が、街にあることも見ていました。
知ってしまった以上、僕には新築が選べませんでした。
新築が悪いからではありません。自分がそのリスクを取れる人間だと、思えなかったというだけの話です。
旗竿地にしたのは、知識を値段に変えられるからです
旗竿地は、道路に接する間口が狭くて、その奥に敷地が広がっている形の土地です。竿の先に旗がついたような形なので、そう呼ばれます。
人気がありません。だから、同じエリアでも価格が下がります。
でも、下がっている理由は「形」であって、「立地」ではないんです。
接道の間口が何メートルあれば車が入るのか。建て替えるときに何が制約になるのか。周りの建物の高さから、日当たりが実際どうなるのか。そのあたりは、図面と現地で、ある程度読めます。
つまり、こういうことです。
交通の便や治安といった、あとから直せないものが良い場所を、割安に手に入れられる。
しかも、下がるのは購入価格だけではありません。土地の評価が下がるので、固定資産税も下がります。こちらは毎年効いてきます。
さきほど、建物は直せるけれど土地は直せないと書きました。
僕がやったのは、その考え方をそのまま実行しただけです。直せない立地のほうにお金を使って、形の悪さは自分の知識で引き受けた。
建築にいた頃に学んだことで、いちばん役に立ったのは、これかもしれません。
誤解のないように書いておきたいこと
ここまで読んで、「この人は新築を否定している」と思われたかもしれません。
そうではありません。新築には、はっきりした良さがあります。
- 間取りを自分たちの暮らしに合わせられる
- 設備も断熱も、いまの基準で作られている
- 修繕の心配が当面いらない
- 保証がついている
- そして何より、新しい家に住むこと自体が、うれしい
最後の項目を軽く見る人がいますが、僕はそう思いません。家は投資商品ではなく、暮らす場所です。うれしいことには、ちゃんと価値があります。
あのモデルハウスで見た、走り回るお子さんの姿。引き渡しの日の、ご家族の顔。あれが嘘だったとは、僕はまったく思っていません。
中古にも当然、弱点があります。修繕がいつ来るかわかりません。断熱や耐震が今の基準に届いていないこともあります。住宅ローン控除の条件が違う場合もあります。僕の家にも、直したところがありますし、これから直すところもあります。
だから、新築か中古かという問いに、正解はありません。
本当に言いたいのは、順番の話です
僕が売る側にいて、いちばん見てきたのは、「いくらまで借りられるか」から家探しを始める人が多いということでした。
自然なことです。予算がわからないと物件が見られませんから、まず銀行の目安を聞く。僕も、そのお手伝いをしていました。
でも、その順番だと、上限のほうから物件を見ることになります。
上限の近くにある家は、たいてい素敵です。素敵なので、そこから下げるのが難しくなります。ペアローンのような「枠を広げる方法」が出てくるのも、たいていこの局面です。
だから僕は、自分の番になったとき、順番を逆にしました。
借りられる額ではなく、払い続けられる額から始める。
これだけで、見る物件が変わり、結果として選ぶものが変わります。
その額をどう出すかは、この記事に収めるには長くなるので、別の記事にまとめます。
これから、家のことを書いていきます
僕はもう家を売っていません。売る予定もありません。
だから、どの会社をすすめることもないし、すすめる理由もありません。これは、ポジショントークになりようがない立場から書ける、数少ない話だと思っています。
これから、こんなことを書いていく予定です。
- 審査に通る額と、無理なく払える額の考え方
- ボーナス払いや当初固定が、月々の支払いをどう見せるか
- 僕が金利を選ぶときに、何を基準にしているか
- その予算でリスクを取るなら、どんな賃貸が借りられるのか
- 土地探しでつまずきやすいところ
- 旗竿地を選んだ理由と、住んでみてどうだったか
- 年を取ってから住みにくくなる家の話
家は、人生でいちばん高い買い物です。そして、いちばんやり直しにくい買い物でもあります。
売る側にいた人間として、そして自分でも一度買った人間として、正直に書いていきます。
どこかの誰かの、判断のお役に立てたら嬉しいです。


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