この記事はこんな人に向けて書いています
- 今の仕事に限界を感じている30〜40代
- 異業種への転職を考えているが、踏み出せない人
- 社会福祉士・ケアマネの資格取得を検討している人
- 「自分の経験は他の業界でも通用するのか」と不安な人
はじめに──坊主にした、平日の昼
平日の昼間、僕は一人で床屋に入り、坊主にした。
上司に嫌味を言われた日だった。
誰にも相談できなかった。 ただ、なぜかそうしなければならない気がした。
建築士として設計事務所で働いていた頃の話だ。
やっと取得した二級建築士。次は一級を目指すと決めていた。
でも現実は、思っていたより厳しかった。
長時間労働、先の見えないキャリア、自分の価値観と合わない仕事の繰り返し。
心が疲弊していく中で、ふと思った。
「このまま10年後、20年後の先輩たちのようになれる自信があるか」
答えは「ない」だった。
転職を決めた「3つの出来事」
僕が建築から福祉に転職したのは、3つの出来事が重なったからだ。
出来事①:友人の決断
ある日、仲の良い友人が突然言った。
「看護師になる。学校に行く」
異業種への転身を、迷いなく決めた友人の姿に、僕は衝撃を受けた。 「自分にはできない」と思っていたことが、目の前で起きた瞬間だった。
出来事②:東日本大震災
モデルハウスで一人待機中に、東日本大震災が発生した。
揺れが収まった後、僕は思った。
「この場所で、このままでいいのか」
命の有限さを感じた日、自分の人生を改めて見つめ直した。
出来事③:「あなたの経験が貴重です」という言葉
建築士の資格勉強で出会った人から、福祉住環境コーディネーターを求めている法人を紹介された。
「建築の経験が、ここでは貴重なんです」
その一言が、僕を動かした。
「やらずに後悔より、やってみればいい」
転職を決めた時、僕はこう考えた。
やってみてもし戻りたければ、建築に戻ればいい。
逃げじゃない。攻めのチャンスだ。
やっと取れた二級建築士への熱量を、そのまま丸ごと福祉の世界に持ち込んだ。
転職後に取得した資格は
- 社会福祉士
- ケアマネジャー(介護支援専門員)
- 福祉住環境コーディネーター2級、3級
- ヘルパー2級(当時名称)
どれも働きながらの取得だった。 簡単ではなかったが、建築士を目指した時の「絶対に取る」という気持ちが支えになった。
これらの資格については別の記事で詳しく書いています。
異業種転職で気づいた「3つのこと」
①専門用語の壁は、どこの業界でも同じ
福祉の世界に入って最初にぶつかったのは、専門用語の壁だった。
診療報酬、介護報酬、社会保険、福祉サービスの仕組み。
目に見えやすく形が想像しやすい建築と違い、制度は複雑で最初は何が何だかわからなかった。
でも、これはどこの業界でも同じだ。
建築の時も最初は、わからない言葉だらけだった。
「わからないことをわからないと言う勇気」と「覚える努力」。
それだけあれば乗り越えられる。
②異業種の経験は「弱点」ではなく「強み」になる
学生時代からずっと医療や福祉だけをやってきた専門職と、初めて介護に直面して混乱している一般の方の間には、大きな溝がある。
その溝を埋められるのは、同じように「一般人の感覚」を持ちながら、この世界に飛び込んできた自分だった。
建築の図面はすぐに読める。 施設の空間を見れば、利用者の動線や安全面が瞬時にわかる。 それが現場で何度も役に立った。
異業種だからこそ見える景色が、確かにある。
③「必要とされる場所」が人を動かす
「建築の経験がここでは貴重です」という言葉が、僕を動かした理由がある。
それは、建築の世界では「当たり前」だった自分の経験が、別の世界では「希少な価値」になったからだ。
人は「必要とされること」で、新しく学ぶモチベーションが生まれる。
資格取得やキャリアチェンジ、転職を考えているなら、自分の経験が活きる場所を探してみてほしい。
まとめ
- 建築士から社会福祉士・ケアマネへの転職は「逃げ」ではなく「攻め」だった
- 異業種の経験は弱点ではなく、むしろ希少な強みになる
- 「必要とされる場所」を見つけることが、新しく学ぶ原動力になる
- やらずに後悔するより、やってみて、戻りたければ戻ればいい
おわりに
平日の昼に坊主にしたあの日から、僕の人生は変わった。
あの日の自分に、今なら言える。
「その選択は、間違っていなかった」
しおこめパパ 社会福祉士・ケアマネ・二級建築士/44歳・2児の父・陸マイラー
旅と人生の記録はnoteで書いています。
20歳でスマホなし・英語力ゼロで世界を旅した記録を、44歳の今読み返しながら綴っています。
→ https://note.com/siokomepapa


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