アラン⑭「悲しみ・嘆き」5レッスン|抱えながら歩く

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「大切な人を失って、ずっと心が重い」
「悲しみから抜け出せず、何も手につかない」
「悲しみとどう付き合えばいいのか、誰にも教わっていない」

こんにちは、社会福祉士・ケアマネジャーをしているしおこめパパです。3大幸福論編・アラン編⑭、テーマは「アランに学ぶ悲しみ・嘆きとの付き合い方5レッスン」です。

⑫で扱った「病・老い・死」と並んで、人生で避けられないのが悲しみと嘆き。アランは『幸福論』で「悲しみは消すものではなく、抱えながら歩くもの」として論じました。今回はその核を、ケアマネとして看取りの場に立ち会ってきた感覚も交えて、5つに整理してお届けします。

悲しみは消えない。でも、抱えながら歩くことはできる。

ケアマネ業務でいちばん難しいのが、ご家族の悲しみに立ち会う場面です。慰めの言葉は、たいてい届きません。代わりに大事なのが、悲しみを「無理に消そうとせず、共にあること」。アランの教えは、まさにこの「共にある」ことの哲学です。

悲しみ・嘆きと付き合うアランの5レッスン

ここからご紹介する5つは、悲しみを「乗り越える」ための実践ではありません。悲しみを抱えながら、日々を歩くための実践です。今すぐ悲しみと向き合っている方にも、いつか必ず訪れる悲しみへの備えにも、どちらにも効きます。

① 悲しみは「消すもの」ではなく「抱えるもの」

アランは「悲しみを早く消そうとするほど、悲しみは長引く」と書きました。社会は早く立ち直ることを求めがちですが、悲しみには悲しみの時間が必要。「抱えながら歩いていい」と自分に許可を出すことが、最初の一歩です。

「いつまで悲しんでいるんだ」と自分を責めない。「まだ悲しい」と認めながら、ご飯を食べて、お風呂に入って、眠る。悲しみと生活は両立できる。これはケアマネ業務でも繰り返しお伝えしてきたことです。

② 身体を動かすことが、悲しみの薬になる

アラン編②で扱った「身体から心を整える」が、悲しみにも効きます。アランは「悲しみで動けない人ほど、身体を動かす必要がある」と書きました。悲しみで頭がいっぱいになっているとき、身体を動かすと、頭の中に空白が生まれます。

5分の散歩、皿洗い、シャワー、深呼吸――どれでもいい。悲しみを忘れるためではなく、悲しみを「重さを下げて」抱えるために、身体を動かす。悲しみそのものは消えませんが、抱える力が戻ってきます。

③ 悲しみを言葉にする、誰かに渡す

アランは「沈黙の中で悲しみは増殖する」と書きました。一人で抱え込むほど、悲しみはふくらむ。言葉にして、誰かに渡すことが、悲しみを軽くする最大の処方箋です。

友人、家族、専門家、グリーフケアの場――誰でもいい。「いま、こんなふうに悲しい」と一言渡すだけで、悲しみは少しだけ外に出ます。悲しみは話すたびに、少しずつ整理される。アドラー編㉒介護家族セルフケア編「ひとりで抱えない」とも地続きの実践です。

④ 「思い出す」ことを恐れない

アランは「思い出すことが、その人を生かし続ける」と書きました。亡くなった方、別れた人を「思い出すと辛いから」と避けるほど、悲しみは複雑になります。むしろ、ちゃんと思い出してあげる。写真を見る、好きだった音楽を聴く、話す――これらは悲しみの一部です。

「思い出すと泣いてしまう」のは、悪いことではありません。涙は、悲しみが流れる出口。泣くことを恥じる必要はありません。看取りの場で繰り返し伝えてきた真実です。

⑤ 悲しみの中にも、小さな上機嫌を作る

アランの幸福論の核は「悲しみがあっても、上機嫌は作れる」でした。悲しみと幸福は対立せず、同じ日に同居できる。お茶のひと口、好きな花、誰かのひと言――そんな小さな上機嫌が、悲しみを和らげるわけではないけれど、生活を支えます。

「悲しいときに楽しんではいけない」と自分を縛らない。悲しみと上機嫌は、両立する。これがアラン哲学の最も静かで、最も優しい教えです。介護家族の方にも、悲しみの中で笑顔の瞬間を持つことを、いつもお伝えしています。

アランの『幸福論』を、もっと深めたい方へ

ここまでの5つのレッスンを読んで「アランの言葉を、心と身体の両側から深く受け取りたい」と感じた方には、『心と身体に響く、アランの幸福論』(合田正人/宝島社)がおすすめです。NHK「100分de名著」でアラン編を担当した合田正人教授が、心身一如の視点で『幸福論』を読み解いた一冊。悲しみが身体に響く時期に、特に効きます。

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悲しみは「乗り越える」より「抱えながら歩く」

悲しみを抱える、身体を動かす、言葉にする、思い出すことを恐れない、悲しみの中にも小さな上機嫌――この5つは全部、悲しみと「共にある」実践です。悲しみは消せない。でも、悲しみとともに歩く力は、毎日の小さな実践で確実に育ちます。

悲しみが波のように戻ってくる日があってもいい

もう大丈夫と思った頃に、ふと涙が出る日。記念日、季節の変わり目、ふとした香り――どれも、あって当然です。悲しみが戻ってくる自分を、責めないでください。悲しみは波。引いて、また寄せる。寄せる日があるからこそ、あなたはちゃんと愛したのです。

あわせて読みたい一冊

アラン『幸福論』を、岩波文庫の信頼ある翻訳でじっくり読みたい方には、『幸福論』(アラン著・神谷幹夫訳/岩波文庫)もおすすめです。日本のアラン読書のスタンダード。悲しみの章だけ、不安の章だけ、と必要な章を必要なときに開く読み方ができる一冊です。

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シリーズの今後について

次回⑮は「アランに学ぶ詩・芸術・美との出会い方5レッスン」をお届けします。アランが大切にした「美しさが人を整える」を、現代の生活に重ねて整理します。「3大幸福論編・アラン編」はシリーズ全30回まで継続予定です。

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