つい上の子と比べる|きょうだいげんかに疲れた親へ4哲学者の処方箋

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「また始まった……」。きょうだいの言い合いに、一日に何度もため息が出る。
つい「お兄ちゃんなんだから我慢して」「下の子はちゃんとできるのに」と、比べる言葉が口をつく。
言ったあとで、上の子の傷ついた顔を見て、自分まで小さく傷つく。

こんにちは。社会福祉士・ケアマネジャーで、二児の父の40代パパです。新シリーズ「4人の哲学者に学ぶ 暮らしの実践編」第6話のテーマは、きょうだいを育てる親の多くが抱える「けんかの仲裁疲れ」と「つい比べてしまう」問題です。

白状すると、私も「お兄ちゃんでしょ」を何度も言ってしまいました。でも、比べる言葉は、子どものやる気ではなく、自信を削ります。今日は、比べずに、きょうだいそれぞれを伸ばす——アドラーと3大幸福論の知恵から、5つの処方箋をお届けします。

先に大事なことを。きょうだいげんかは、悪いことではありません。それは、家庭という安全な場所で、子どもが「人との折り合い」を練習している、いちばん身近な学びです。だから目標は「けんかをゼロにすること」ではなく、「親が比べないこと」「裁判官にならないこと」。それだけで、家の空気は驚くほど変わります。

「比較は、目の前の幸福を奪う、最も確実な方法である」

——ラッセル『幸福論』の趣旨より

福祉の現場でも、大人になってなお「きょうだいと比べられた傷」を抱える方に出会います。比較の言葉は、思いのほか長く残る。だからこそ、今日からひとつ、比べる言葉を手放す。その小さな選択が、子どもの一生の自己肯定感を守ります。

きょうだいを比べずに育てる 5つの処方箋

処方箋① 「みんな違う」を前提に、一人ずつ横で見る(アドラー)

アドラー心理学は、一人ひとりを「かけがえのない、比較できない存在」と見ます。きょうだいは、同じ親から生まれても、まったく別の人間。性格も、得意も、育つ速さも違って当たり前です。比べた瞬間に、その「違い」が「優劣」にすり替わってしまう。

だから、「お兄ちゃんは」「妹は」と並べる代わりに、一人ずつ、その子だけを横から見る。「あなたは、これが好きなんだね」。きょうだいを一列に並べるのをやめ、それぞれを別の物語として眺める。違いは、競争の材料ではなく、その子だけの個性です。横に立つと、優劣は消えていきます。

処方箋② 仲裁の前に、親が上機嫌でいる(アラン)

アランは、上機嫌は意志だと言いました。きょうだいげんかが始まると、親はたいてい不機嫌になって割って入ります。でも、不機嫌な裁判官が入ると、場はさらに荒れる。子どもは「どっちが叱られるか」の勝負になり、けんかはエスカレートします。

だから、仲裁の前に、まず自分の機嫌を整える。深呼吸して、トーンを落として近づく。「どうしたの?」と穏やかに聞くだけで、子どもは身構えを解きます。親が荒れないと、けんかは自然にしぼむ。親の上機嫌は、きょうだいげんかの、いちばん効く鎮静剤です。

処方箋③ 「ないもの比べ」をやめ、その子の「あるもの」を見る(ラッセル)

ラッセルは、比較こそ不幸の源だと説きました。「お兄ちゃんはできるのに、この子はできない」——これは、上の子の「あるもの」を基準に、下の子の「ないもの」を数える行為です。比べた瞬間、両方の子が損をします。下の子は自信を失い、上の子は「比べる道具」にされる。

処方は、それぞれの「あるもの」だけを見ること。上の子の面倒見のよさ、下の子の甘え上手。きょうだい同士を比べるのではなく、その子の「昨日のその子」とだけ比べる。「昨日より、ひとりで着替えられたね」。比較の物差しを、横(きょうだい)から縦(その子の成長)に変える。これだけで、比べる言葉は出てこなくなります。

穏やかな谷の風景
Photo: Berrucomons / CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons

処方箋④ けんかには「同じルール」を、誠実に貫く(ヒルティ)

ヒルティは、規律と誠実を重んじました。きょうだいげんかで子どもがいちばん傷つくのは、「不公平」です。「お兄ちゃんだから我慢」「小さいから許される」——年齢で裁くと、子どもは「ちゃんと見てもらえていない」と感じます。

だから、年齢ではなく「同じルール」で。「叩くのは、お兄ちゃんでも妹でもダメ」。どちらにも同じ基準を、誠実に、ぶれずに適用する。そして、どちらが悪いかをジャッジするより、「ふたりはどうしたかった?」と両方の言い分を平等に聞く。公平に扱われた経験は、子どもの「自分は大切にされている」という土台になります。

処方箋⑤ 上の子を、こっそり「勇気づけ」る(アドラー)

最後に、4人の知恵を束ねる視点を。アドラーの「勇気づけ」です。きょうだいげんかの裏には、たいてい「親の愛を取り合う競争」が隠れています。特に上の子は、下の子が生まれてから、ずっと我慢を重ねていることが多い。けんかは、「もっと自分を見て」というサインでもあります。

だから、ときどき上の子と二人だけの時間を作り、こっそり勇気づける。「いつも妹に優しくしてくれて、ありがとう。お母さん、ちゃんと見てるよ」。愛が満たされた子は、下の子に優しくなれます。きょうだいげんかは、しつけで止めるより、一人ひとりの心を満たすほうが、ずっと早く減っていきます。

比べない子育てを、もっと深めたい方へ

「比べない」「勇気づける」子育てを深めたい方には、岸見一郎さんの『子どもをのばすアドラーの言葉 子育ての勇気』(幻冬舎)がおすすめです。叱るでも、ほめるでもない「勇気づけ」の声かけが、やさしい言葉でまとめられた一冊。きょうだいそれぞれの自己肯定感を、比べずに育てるヒントが見つかります。

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比べてしまうのは、どちらも愛している証拠

5つの処方箋を束ねます。①「みんな違う」を前提に横で見る(アドラー)、②仲裁の前に上機嫌(アラン)、③その子の「あるもの」と「昨日のその子」を見る(ラッセル)、④同じルールを誠実に(ヒルティ)、⑤上の子をこっそり勇気づける(アドラー)。今日は、ひとつだけ。

そもそも、つい比べてしまうのは、どちらの子も同じように愛していて、どちらにも幸せになってほしいからです。その愛は本物。ただ、表現が「比較」になると逆効果になる。愛を、比較ではなく「一人ずつ見る」という形で手渡せば、きょうだいは、いちばんの味方どうしに育っていきます。

仲裁に疲れた日が、あってもいい

一日中けんかの仲裁で、へとへとな日があっても、自分を責めないでください。きょうだいげんかは、あなたの育て方が悪いから起きるのではなく、子どもが育っている証拠です。哲学は、完璧な親になるための鞭ではなく、しんどい日をやり過ごすための杖。今日はもう、けんかの判定は引き分けにして、3人でアイスでも食べて、早めに休んでください。

静かな池の風景
Photo: Jacek Halicki / CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons

あわせて読みたい一冊

処方箋③「比較をやめる」の原点を味わいたい方は、ラッセルの『幸福論』(安藤貞雄 訳・岩波文庫)をぜひ。嫉妬や比較がいかに幸福を奪うかを名指しし、その解毒法を示してくれる名著です。子どもを比べてしまう癖は、親自身が「比較から自由になる」ことで、いちばん自然にほどけていきます。

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もっと体系的に学びたい・誰かに相談したい方へ

比べない・勇気づける子育てを支えるアドラー心理学を体系的に学び直したい方には、資格講座という選択肢もあります。叱る・比べるから、一人ずつ勇気づけるへ。その土台が順序立てて身につきます。もっとアドラー心理学を極めたい方はこちら↓。

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このシリーズの今後について

「4人の哲学者に学ぶ 暮らしの実践編」は、夫婦・子育て・職場の身近な悩みに、アドラーと3大幸福論の知恵を効かせていくシリーズです。次回は職場編「苦手な上司・人間関係に消耗する人への処方箋」。毎朝6時に更新していきます。今日は、けんかの判定をひとつ手放してみてください。

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