ラッセル⑫「愛情と幸福」5レッスン|安心が、愛を育てる

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「愛されていない」と感じる日がある。
愛しているはずなのに、なぜか相手と距離ができていく。
「愛情ってこんなに難しいものだっけ」と、ふと立ち止まる夜がある。

こんにちは、社会福祉士・ケアマネジャーをしているしおこめパパです。3大幸福論編・ラッセル編⑫、テーマは「ラッセルに学ぶ愛情と幸福5レッスン」です。今回は「幸福をもたらすもの」の章から、人生でいちばん身近で、いちばん難しいテーマ──愛情について、ラッセルとともに考えていきます。

ラッセルは「幸福のためには、与える愛と受け取る愛の両方が必要だ」と言いました。一見当たり前のようで、よく見ると深い言葉です。私たちはつい、「相手にどれだけ愛してもらえているか」ばかりに目が向くか、逆に「自分はどれだけ尽くせているか」だけを物差しにしてしまう。けれどラッセルは、片方だけでは愛情は健やかに育たないと釘を刺します。両方が、ちょうどよく流れているとき、はじめて愛情は安心の源になる、と。

愛情は、与えるだけでも、もらうだけでも痩せていく。両方が流れているとき、安心になる。

ケアマネとしてご家族の支援に入っていると、「あんなに尽くしてきたのに、伝わらない」と涙される介護者の方に会うことがあります。同時に、「結局、自分は迷惑をかけているだけだ」とおっしゃる高齢者の方にも、よく出会います。両者ともに、相手を深く思っている。ただ、「与える」と「受け取る」のどちらかに気持ちが偏って、安心の循環がうまく回らなくなっているのです。愛情は技術ではなく、両方向に流れる「水路」のような感覚で見直すと、ふっと風通しがよくなることがあります。

ラッセルに学ぶ愛情と幸福5レッスン

愛情について、ラッセルは情熱的なロマンスではなく、もっと地味で大切な「安心の土壌」を中心に語ります。ここからは、その土壌を耕すための5つの視点をお伝えします。

① 「与える愛」と「もらう愛」のバランスを見直す

ラッセルは、愛情を語るとき「与える愛と、受け取る愛の両方が必要」と何度も強調します。与えるばかりでは、心はやがて疲れます。もらうばかりでは、相手は窒息します。どちらか片方に偏った愛情は、本人も周りもじわじわすり減らしていく──これが彼の見立てです。

まず一度、いまの自分の身近な関係を思い浮かべて、「与える」「もらう」のどちらに傾いているかを観察してみましょう。傾きを責める必要はありません。気づくだけで、流れは少しずつ整い始めます。「最近もらってばかりかも」と思ったら、小さなありがとうを返す。「与えてばかりで疲れたな」と感じたら、人に頼る選択肢を一つ持ってみる。バランスの調整は、それくらい些細な行為から始まります。

② 安心が、愛を育てる土壌だと知る

ラッセルは、愛情の最大の敵を「恐れ」だと言います。「嫌われたらどうしよう」「離れていかれたらどうしよう」という不安が強すぎると、愛情は所有欲やコントロール欲に姿を変えてしまう。逆に「この人は、自分を裏切らない」「自分は、ここにいていいんだ」という安心が土に染み込んでいると、愛情はおだやかな根を張ります。

安心は、大きなイベントよりも日常の積み重ねから生まれます。約束を守る、ちょっとした「ありがとう」を口にする、相手の話を最後まで聞く。地味ですが、これらが愛情の地盤を固めてくれます。激しく愛そうとする前に、まず「安心して一緒にいられる空気」を二人の間に置くことを優先する──ラッセルが勧める順番です。

③ 「所有」したくなる衝動と距離をとる

愛情と所有欲は、近いところに棲んでいます。「自分のもの」にしたい、「自分だけを見てほしい」と願う気持ちは自然なものですが、これが強くなりすぎると、愛は窒息していきます。ラッセルは、「相手をひとりの自立した人間として尊重できる愛だけが、長く続く幸福をもたらす」と書きました。

ですから、所有したくなる衝動が湧いたときは、まず「これは、相手のためか、自分の不安を埋めるためか」と一度自問してみる。後者なら、その不安自体に向き合うほうが先です。相手の自由を狭めて得る安心は、いずれ二人を窮屈にします。愛しているからこそ、相手にも息を吸う余白を残してあげる。逆説的ですが、それがいちばん長続きする愛情の姿です。

④ 自分への愛が、他者への愛の前提

ラッセルは、「自己嫌悪は愛情の最大の障害」だとも言いました。自分のことが嫌いだと、他者からの愛も信じきれず、与える愛も「許してもらうための贖罪」になりがちです。これでは愛情は安心ではなく、義務や疲労になってしまいます。

だからまず、自分への愛情を少しずつ取り戻すところから始めます。「今日もよくやった」「ここまで来た」と、自分に小さな声をかける習慣を持つ。完璧でなくていい、足りないところがあってもいい。そう自分に許可を出せるようになると、不思議と他者への愛情も柔らかくなります。自分への愛は、他者への愛の土壌だと、ラッセルは丁寧に教えてくれます。

⑤ 愛は「演出」より「日常」で深まる

ラッセルが描いた愛情は、ドラマチックな告白や記念日のサプライズよりも、日常の中で交わされる「小さなやりとり」に重きを置いていました。朝のひと言、食卓での「おいしいね」、夜の「お疲れさま」。──こうした、誰も写真に撮らないような場面で交わされる温度が、愛情を深く根付かせていくと。

ですから、もし「最近、関係が薄くなってきた」と感じるなら、特別な計画を立てる前に、まず日常の挨拶や返事を整え直してみる。「行ってきます」「ただいま」「ありがとう」「お先にどうぞ」。──こうした地味な言葉を、もう一度ていねいに渡し合うだけで、愛情はじんわり戻ってくることがあります。派手な愛情表現より、地味な日常の積み重ねのほうが、ずっと深い水脈を作ってくれます。

2018-04-29 - Écorce de bouleau
Photo: Paul.schrepfer / CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons

ラッセルの『幸福論』を、もっと深めたい方へ

ここまでの5つのレッスンを読んで「ラッセルの愛情論を、原典で深く読みたい」と感じた方には、『幸福論』(バートランド・ラッセル著・安藤貞雄訳/岩波文庫)がおすすめです。日本のラッセル読書のスタンダードで、愛情と幸福の関係も、論理の筋を追いながらじっくり味わえます。

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愛情は、ドラマではなく、安心の循環

ラッセルが愛情について教えてくれることをまとめると、「愛情はドラマや熱量で測るものではなく、安心の循環で深まる」ということに尽きます。与える愛と、受け取る愛が両方流れている。所有ではなく尊重の上に立っている。自分への愛が土台にある。そして派手な演出ではなく、日常の小さなやりとりで温まっている。──こうした条件がそろったとき、愛情ははじめて、人生を支える静かな力になります。

うまく愛せない日があってもいい

愛情は、いつも満タンに保てるものではありません。疲れているとき、自分にゆとりがないとき、人を思いやる余力が出ない日もあります。そういう日に「もっと愛さなきゃ」と自分を追い詰めると、かえって関係はぎくしゃくしてしまう。そんなときは、無理に大きな愛情を絞り出そうとせず、まず自分を休ませる。お茶を一杯、自分のために淹れる。それだけでも、明日もう一度誰かにやさしくする余白が、少しだけ戻ってきます。

2013 Rainbow over Washfold
Photo: Kreuzschnabel / CC BY-SA 3.0 via Wikimedia Commons

あわせて読みたい一冊

マンガで気軽に学びたい方には、『まんがでわかる ラッセルの『幸福論』の読み方』(小川仁志/宝島社)もおすすめです。書店勤務の主人公がラッセルを通して幸福を探していくストーリー仕立てで、愛情の章もマンガで楽しく追える入口になります。

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シリーズの今後について

次回⑬は「ラッセルに学ぶ家族と幸福5レッスン」をお届けします。「家族の幸福」を可能にする、距離感と役割の整え方について、ラッセルとともに考えます。「3大幸福論編・ラッセル編」はシリーズ全30回まで継続予定です。

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